雑記

ワープアによるワープアのためのワープアから這い上がる方法とは

給料が安すぎて生活が苦しいです。

 

あるていどキャリアや実績を積んだら環境を変えてみてはいかがでしょうか。
ソウケイ

 

始めに書いておきますが、今回は電験要素は2%くらいしかありません。笑

 

題して「働く貧乏から抜け出すには」について書きます。

 

管理人は20代はワープア、いわゆるワーキングプアでした。

 

当時は働いていてもお金がなくて本当に苦労しました。

 

もし同じような境遇の人がいれば、そこから抜け出すためのヒントとなれば幸いです。

 

管理人の経歴

フラフラしてた20代前半

管理人は大学在学時に就職活動していませんでした。

 

理由は将来に対して単に何も考えていなかっただけです。

 

仕事のことはボンヤリと考えてはいましたが、ただ漠然と「海外を股にかけて働きたい」という子供じみた考えでした。

 

外国で生活したい気持ちが強くて、大学を卒業してから海外に少しだけ住んでいました。

 

ニュージーランドのクライストチャーチという街で人口も30万人ほどです。

 

良い意味で田舎なので、普段でやることといえば勉強くらいしかありませんでした

 

ソウケイ
そこにいる間はずっと語学学校に通ってて、異国の友達も出来て「かけがえのない経験」になりました。

 

もらえない内定

でも、帰国した後に待っていたのは『仕事がない現実』でした。

 

海外時代も含めて学生の時に取った資格は通関士、英検2級、TOEIC830点です。

 

「どこかには入れるだろ」と甘く考えていましたが、受ける会社すべて書類で落とされて「かすり」もしなかったです。笑

 

そこから正社員を目指してアルバイトや派遣で食いつなぐ日々を送ります。

 

今、考えるとすごい適当に人生を過ごしてたなと思います。

 

ソウケイ
小さい頃からの夢だった海外生活ができたので、恵まれた環境ではありましたけどね。

 

ようやく就職した会社

大手自動車会社、だけど

そうこうして1年ほど後、とある大手の自動車会社(以下D社)の部品をあつかう物流センターに就職します。

 

と、言ってもD社の職場で働く下請け会社(N社)があって、そのさらに子会社(H社)に籍を置きます。

 

当時は会社の規模とか待遇などはあまり気にしていませんでした。

 

とりあえず、「どこでも良いから正社員で入れればいいや」くらいしか思ってなかったです。

 

業務は海外経験があるということで国内と海外を含む入荷業務を担当することになります。

 

仕事自体は初めての事も多くて勉強になることばかりでした。

 

ソウケイ
ドイツやシンガポールなどのサプライヤーとメールや電話でやり取りして、来客時にはプレゼンしたりして刺激も多くて本当に楽しかったです。

 

低収入の正社員

でも、給料がムチャクチャ安かったんですよね

 

どれくらいかと言うと年収で250~280万円です。

 

日給月給という給与制で、つまり出勤した分しか給料が出ません

 

ゴールデンウィークやお盆とかはさらに下がって、手取りで16万円あるかないかでした。

 

ソウケイ
大型連休を『魔の長期休暇』と呼んでたくらいです。笑

 

ボーナスも初めては5万円ほど、フルでも10万円くらいです。

 

実家暮らししてた時も家に3万円お金を入れてたので、月々の支払いをしたら2、3万円貯金するのがやっとでした。

 

感じた格差

でも、D社の社員の給料は平社員でも自分の給料と3倍くらい違うというのを聞いたことがあります。

 

似たような仕事をしているのに、そんなに違うのか…」と不公平さを感じました。

 

その時に学生時代に真面目に就活をしなかった代償をこれから払っていく実感が湧きました。

 

ソウケイ
実際には物流センター内を監督する人ばかりでしたので、責任感は自分なんかと比べて半端ではないと今では分かりますけどね。

 

色々と耐えた3年

給料が安いのも苦しかったですが、それよりも上下関係がキツかったです。

 

特にお客さん(D社)の言う事は絶対です。

 

入荷の現場でトラブルや作業ミスがあると、「お前の作業や伝達が悪い!」と決め付けられましたし。

 

N社やH社の上司はお客さんに強く言えない立場です。

 

私の言い分は全く聞き入れてくれず「とりあえず謝って、始末書を書きなさい」としか言われませんでした。

 

私もミスは少なからずしてたので反省すべきところは直してました。

 

ですが、自分に非がないことでも上司にそう言われたのはショック以外の何物でもないです。

 

そんなことが1度や2度ではなかったので、会社に対する不信感もつのっていきます。

 

タイムカードは帰る〇〇分以上前に押せ!」など言われてサービス残業が当たり前でしたし。

 

ある意味、自分史上で金銭的、人間関係で底辺を経験できました。

 

反面、メリットとしてはストレス耐性がかなり付いたことですw

 

ソウケイ
そこを見てきたから、「その会社以上であれば、どこでもやっていけるぞ」って感じですね。笑

 

ある人からのひとこと

同じ部署でD社の上司のような人から「簡単に競合が現れる会社は価格競争で先細る。マネできない技術を研究開発しているメーカーで働け」と言われていました。

 

その言葉を胸に留めて、ある時期からメーカーを目指して転職活動を開始します。

 

そしてH社入社から3年経ったほどで、あるメーカーから内定をもらいます。

 

国内シェアは今でも高く、市内でもかなり有名な大きい製造会社です。

 

ソウケイ
そこでの話も長くなるので、また別の機会で書きます。

 

言いたいことは

最初につまづいた人

初めの就職で失敗した人はいきなり大きな会社や待遇の良い企業に入ることは難しいです。

 

さらに今はコロナ影響で就職や転職活動も混とんとした状況です。

 

ですが、小さい会社でも良いので自分がやりたい職種で働けるところに入ることをおススメします。

 

そこで

  • キャリアを構築
  • 技術を磨く
  • 業績アップ、コストダウンの実績を作る
  • 他の人がなかなか取れない資格を取る

 

など力を溜めながら転職の機会をうかがいましょう。

 

そして他社がマネしにくい会社、他人がマネできないような仕事を目指していきましょう。

 

ソウケイ
今でも目標とするところは変わってないです。

 

メーカーがおすすめ

製造業が最良とは言えませんが、平均以上の収入を目指すのであれば中堅~大手メーカーをおススメします

 

なぜなら仕事も数多くあるので自分の入りやすい職種で空きが出ることもあります。

 

ソウケイ
ある程度しっかりした会社であれば、残業もほぼ100%付きますし。

 

いくらかの経歴または実績があれば景気や業績のタイミングで大きい会社でも入りやすかったりします。

 

私は物流経験を活かして生産管理というポストで転職しました。

 

不況でも伸びる会社はあるので、そこの企業が今は上昇傾向にあるのかなどの市場・経済情報も仕入れるようにしましょう。

 

まとめ

同じような仕事をしていても働いている会社(環境)によって収入は全く変わります。

 

お金だけが全てではありません。

 

ですが、平均年収より低いところから抜け出したい人は、自分磨きをしてより良い環境へ移れるようにしていきましょう。

 

それに年を取るほど良い条件のところに入るには厳しくなるでタイムリミットもあります。

 

ソウケイ
歳いってても、もしアイディアがあれば起業をするのも手ですけどね。

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